十階の女神さま

突然の発熱と意識障害で父が入院した
ただ死を迎えるためだけの入院

10階の個室は子どもたち孫たちでいっぱいになり、全員の目が常に父の呼吸状態に注がれている
体位変換やオムツ交換で体を動かすたびに赤黒くなった胃液を吐き、ベッドの枕元の血の汚れは紙オムツで隠された
吸引びんは、父の体から出てきたのかと思うと悲しくなるような量の汚物
意識がないのに吸引には涙を流してえづき、そしてまた吐く、の繰り返し
心が痛むことばかりで体位変換や吸引の時間がどんどん憂鬱になった

入院して二日目の日勤帯で今日の担当ですと名前を名乗りながらナースがやってきた
静かな微笑みをたたえながらもてきぱきと父の身の回りを調え、点滴ルートや輸液ポンプをチェックし、どす黒くなっていた吸引びんもいつの間にかきれいになっていた

検査の結果を尋ねると主治医への連絡も速やかで何時頃の予定か伝えにきてくれ、更に私たち家族の心を響かせたのは、苦痛を最小にするため窒息の危険さえなければ口腔内の吸引はやめておこうと主治医と相談して決めてくれたこと

妹と二人で、仕事が完璧で家族への配慮もあり、まるで女神さまやねとこっそり言っていた

三日めの準夜帯、再び女神さまがやってきた
予想以上に頑張ってくれていた父の「その時」も同時にやってこようとしていた
酸素飽和度が下がり呼吸困難で喘ぐ様子は集まった皆を蒼白にさせるには充分すぎ、わたしは女神さまを探して廊下を走った
程なく酸素の量を上げてくれ、更に一旦は片づけられていたモニターが装着された
ベッドを取り囲んだ家族の邪魔をしないよう、しばしば鳴るアラームを解除してくれながらタイミングを見計らって医師に連絡してくれた

父の様子に耐えかねてもう酸素も点滴も止めてとお願いしたら、少し悲しそうな表情をしたあと優しく小さな声で、しかも毅然と医師の指示がないと出来ませんからと答えた
当たり前のことが判断できなくなっている自分を恥じた

最期の処置のあときれいに整えられた父を見て、ホッとした
妹とまた、女神さまに見送ってもらえてよかったねと話した

決して目立つ存在ではないけれど、十階の女神さまは小さな安らぎを与えてくれる頼れるひと

父もきっも同じように思って、女神さまを待ってたに違いない

十階の女神さま
ありがとう
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by yurari-n | 2012-05-29 20:58 | 日常

ありんこの足跡より小さな日々の記録


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