第十堰と東北の災害と人間のエゴ

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久しぶりに吉野川の土手を走ると、見慣れたはずの風景なのに改めてその美しさに目を奪われます


第十堰が可動堰の可否で話題になった頃、長男の夏休みの研究は「水の研究」として洪水の歴史を語る碑などを巡りましたし、大学での講義で村上先生から東北の津波災害と併せ南海地震が起こった場合の徳島で想定される水害についても学びました。

可動堰で自然を壊すことは許さない
大雨による洪水や地震による津波からは生活を守りたい

人間の人間による人間のための思考は、果たして自然との共存を自然保護側へ進めるのか、リスクを回避し自然をコントロールする側へ進めるのか

人間の力でもって自然をコントロールするなんてことが出来そうには思えませんが、311以降、私たちは自分たちの日常が自然によって奪われることに異様に畏れを感じているのではないでしょうか

共に生きるという言葉を使いながらも、自然を自分たちの持ち物のように扱おうとするのは人間のエゴのようにも感じます

自然のなかで生かされている

第十堰の美しさも、可動堰の安全も、どちらも魅力的なこと

答えは簡単ではありません
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by yurari-n | 2012-12-02 20:46 | 日常

ありんこの足跡より小さな日々の記録


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