懐かしい顔

2日前の地方紙で懐かしい顔 発見!
今日の新聞にも載っていますが 第3回徳島文学賞小説部門最優秀作品
「年賀状の波紋」

N先生は私の高校時代最後の担任でした。
ハーフの半分、クウォーターでjapaneseな顔立ちではありませんが
人との接し方も話し方も柔和で、ごくたまに語気を荒げることがあっても
担任をしていただいた1年間、ついぞ怒った顔は見たことがありませんでした。

中・高校時代の私は結構自分とばかり向き合ってる子でした。
高校時代は特に、遅刻・早退・欠席の常習犯で(罪の意識はまったくなし)
専門学校への進学を考えていたので、担任のN先生は頭を抱えていたようでした。

進学のための内申書を作成するにあたり、N先生が親心で考えてくれたことは
「下駄を履かせる」
ということでした。
背の低い子に下駄を履かせると、見た目身長が伸びたように感じるのと同じで
出席日数の少ない私のために、日数を嵩増しして書いてくださったのです。

そのときの私の反応と言えば
「はぁ・・・」
の一言だけ。ほんのり愛想笑いくらいは浮かべてたかもしれません。

N先生の優しさあふれる恩恵のおかげで無事受験は終了・・・
のはずでしたが、下駄を履かせてもらいながらそれでもまだなお
私の身長(出席日数)は足りなかったようでした。
個人面接のときに面接官にとてつもなく激しい嫌味を言われ
「受験校だったので軽い風邪でも他の人にうつさないためです」
と素の顔で答えた私も結構あつかましく図太い性格だったと思います。

そんな私を入学させたものだからその後、専門学校の先生方は
更に苦労を(←別の意味で)背負っていただくことになりましたが・・・(今では感謝しています)

N先生の息子さんは生まれ持った病気で身体に障害を負われ、昨年三十数年の
生涯を閉じられたと、これまた今年はじめの新聞記事で知りました。
そしてその息子さんとの思い出をつづられた手記も出版されているそうです。

生徒を上から見下ろすことなく対等な立場と言葉でいつも接してくれた
N先生の柔和な横顔
プライベートなことは一度も聞いたことはありませんでしたが、息子さんの重い
障害のことでさまざまなご苦労があったことでしょう。
その息子さんとほぼ同年代の私たちをどのような想いでみていたのかと
勝手な想像で心が締め付けられます。
毒にも薬にもならないタイプの先生だったと記憶していましたが
ご自分の苦労の経験からくるあの優しい横顔だったのだな、と今となっては思います。



これまでの自分の生き様を振り返ると、嫌なこと、辛かったこと、沢山思い起こされます。
その経験を私は一体どんな風に生かしてきたのだろうと思うと
ただただ恥じ入るばかりです。

N先生の「年賀状の波紋」を読みながら、沢山考えさせていただきました。
とりあえずは波紋を起こす起こさないは別に、年賀状作成に勤しまなければなりません・・・
目の前のことをひとつずつ片付ける
・・・頑張ろうっと。
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by yurari-n | 2005-12-25 18:17 | 日常

ありんこの足跡より小さな日々の記録


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